山車まつりのはじまり ~八王子まつり~

八王子まつり 2013年

八王子まつり 2013年

 昨日の八王子まつりの続きですが・・・

 八王子まつりといえば、今では山車のパレードが名物で、他県からも
 写真撮影をしにくるまで評判だそうです。

 私も素人写真を何枚も撮ってしまうほど、魅力的な山車です。

 さてさて、八王子まつりで「山車まつり」としての始まりは
 いつころからなのでしょう?

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 「 山車のはじまり 」

 甲州街道に面した旧市街地は、江戸時代には八王子(横山)十五宿と

 呼ばれ、商業地として発展していました。現在の16号を境に、東側は

 八幡八雲神社の氏子、西側は多賀神社の氏子地域に分かれていました。

 氏子とは、その土地の守り神をまつっている地元の人々のことをいいます。

 町の人々の力が大きくなるとともに、各町内では、競い合うように山車が

 作られるようになり、祭りの際に山車がひかれるようになりました。

 江戸時代の享保年間 1716年 ~ 1735年 から山車がひかれる

 ようになったといわれています。

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 山車の歴史は古いのですね。

 ★(山車の意味と役割)
  山車とは、高いところから訪れる神様を、お迎えして祭りの場に
  運ぶためのもので、美しく飾った依代〔ヨリシロ〕(神様がとどまるところ)を
  のせた屋台のことえをいいます。
  祭りのときには、神様と地域の人々が一体となって楽しみ、神様に喜んで
  もらおうということなのです。次第に山車そのものが祭りを盛り上げる主役に
  なり、さまざまに工夫され、祭りを彩るようになりました。